貴景勝関が初優勝!?元貴乃花親方との特別な絆とは?

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初優勝が目前となっている小結・貴景勝関は、元貴乃花親方の退職により今場所から千賀ノ浦部屋となりました。環境が大きく変わったことにより相撲に集中できないということも考えられましたが、18年ぶりの小結優勝に王手となりました。この貴景勝の強さには元貴乃花親方との深い絆が関係しているといいます。

 

 

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貴景勝と元貴乃花親方の関係は?

貴景勝と元貴乃花親方の関係は、貴景勝が生れた22年前にさかのぼります。貴景勝の本名は佐藤貴信(たかのぶ)といいます。父親が横綱貴乃花の大ファンであったため、貴信の「貴」を貴乃花からもらって名付けたのだそうです。
とはいえ、父親は貴景勝を関取にしようとしていたわけではなく、空手の指導者だったことから貴景勝も幼いころから極真空手を習わせていました。
貴景勝は、全国大会の決勝戦に出場するほどの実力をつけましたが、この決勝戦で不当な判定を受け、審判が判定するのではなく、誰が見ても勝ち負けがすぐにわかる競技がしたいと考えるようになりました。貴景勝は、小学校三年生のときに相撲に転向しました。

 

そして、貴景勝がすごいのはここからです。
父親の影響もあってか、元貴乃花親方に憧れていた貴景勝は小学生のうちに兵庫県の芦屋市から三年連続で、元貴乃花親方が主催する相撲の「キッズクラブ」に参加しました。中学校は、相撲の強豪校である兵庫県西宮市の報徳学園中学校に入学。3年生で、全国中学校相撲選手権大会で優勝。中学生横綱となりました。
高校は、こちらもまた相撲の強豪校として有名な、埼玉県栄高等学校に特待生として入学。関東高等学校相撲選手権大会、全日本ジュニア相撲選手権大会で二連覇を達成しました。

 

そんな貴景勝は、高校卒業を待たずに貴乃花部屋に入門。角界入りを果たし、「佐藤」の四股名で初土俵を踏みました。

角界入りをするまでの間、元貴乃花親方へのあこがれをずっともちながら努力を重ねてきたことがわかりますね。貴景勝のストイックで目標に向かってまっすぐな性格がうかがえますね。

 

 

貴景勝の名前の由来とは?

実力も志も十分な貴景勝。元貴乃花親方は、大きな期待を寄せていたのではないでしょうか。「佐藤」の名で初土俵を踏みましたが、20歳で新入幕を果たしたときに新しく元貴乃花親方が授けたのが「貴景勝」という四股名でした。
「貴景勝」という名前は、元貴乃花親方が好きな戦国武将・上杉謙信の後継者である上杉景勝からとって名付けました。
「日本の心意気や誇りの精神をもって土俵にあがってほしい」
という思いがこもっているそうです。
すなわち、自分の相撲を受け継いでいってほしいということでもあるのでしょう。元高野半親方は、それほどまでに貴景勝に期待していたのですね。

 

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貴景勝強さの秘訣

小学校3年生から相撲を始め、中学・高校でも全国トップレベルで相撲をとってきた貴景勝。強いのは当然と思ってしまいますが、相撲は実力を発揮するには周囲の環境や気持ちの持ち方が非常に重要になってきます。
貴乃花部屋に関係するトラブルや、元貴乃花親方の突然の退職。そしてそれに伴う部屋の移籍。このような落ち着かない環境の中で、相撲に打ち込むということは本当に大変なことであったと思います。

貴景勝は、小さい頃から貴乃花親方についていくと思ってこの世界に入ったが、新しい部屋になったらその部屋の方針に従っていく。しかし、これからも元貴乃花親方の教えを忘れずに精進したいということを語っていたようです。どんな環境におかれても相撲を何よりも相撲優先。目標に向かってまっすぐな姿勢が貴景勝の強さの秘訣なのではないでしょうか。

 

 

まとめ

元貴乃花親方の後継者ともいうべき貴景勝はまだ22歳。現役だったころの貴乃花関よりも速いスピード出世中です。日本人横綱貴景勝が誕生する日も遠くないかもしれませんね。

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